辛辞苑
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アート・エンタメ
AIアート - えーあいあーと
AIアートとは、人間の想像力と尊厳をコードの行間に留め置き、数値演算の意志と称して既存作品を切り貼りする新興芸術。創造性を謳いながら、実際はアルゴリズムが選んだ断片の寄せ集めに過ぎない。無限の可能性を謳う一方で、作者の顔は影に隠れ、著作権者は気まずい笑顔を浮かべる。評価基準が「なんとなく綺麗」から「誰がクリックしたか」に移行したのは、ある意味当然と言えるだろう。
アッサンブラージュ - あっさんぶらーじゅ
アッサンブラージュとは、瓦礫の山から突如現れるアートという名の悪戯。部屋の隅に転がっていた古びたおもちゃも、気づけばギャラリーで高額取引されるポジションに昇格する。無秩序に集められた破片たちが、芸術と認められるまでの滑稽な儀式であり、見る者の価値観をひっくり返す不思議な魔法である。
アニメーション - あにめーしょん
アニメーションとは、静止した絵に命を吹き込み、観る者に現実の面倒臭さを忘れさせる魔法である。しかしその魔法は、製作者の終わりなきフレーム調整という地獄を経て完成する。大衆は英雄譚や猫耳少女の動きに熱狂しつつ、その裏で塗り漏れやタイミングのずれを指摘し合う。最終的には、どんな瑕疵も「演出だ」と押し通せる、無敵の言い訳装置だ。
ホワイトバランス - ほわいとばらんす
ホワイトバランスとは、撮影者が色の真実から目を背けるための魔法の呪文。光源の色温度を気にする人を「玄人」と呼び、気にしない人を「無頓着」と分類する二元論を支える便利な単語。暖色も寒色も、自分好みのムードにすり替える万能フィルター。でも終わりなき「正しい白」を探し続ける虚無の儀式でもある。
空撮 - くうさつ
空撮とは、意思を持たぬ金属片に命を吹き込み、人間の欲望を映し出す現代の魔術である。誰かの承認欲求を満たすために上空から写し取り、真実のかけらは捨て去られる。美しい風景も汚れた路地も、ドラマチックな絵面に仕立てるためのただの素材に過ぎない。手軽さゆえに乱用され、本来の視点は“空”よりも狭くなるのが皮肉。使い手が忘れた地平線はどこにあるのか、誰もが知らない。
建築写真 - けんちくしゃしん
建築写真とは、コンクリートの無機的な立面をまるで宗教的聖遺物のごとく神聖視し、光と影の祭儀で美化する営みである。空っぽのオフィスビルも、写真家のフレームを通せば未来都市の聖堂へと昇華する。だがその眼差しは、建物が内包する人の営みや老朽化の現実を切り捨て、“完成品”という虚構を演出する。透き通るガラス張りのファサードは、設計者の野望を称賛しつつ、施工ミスの影を隠蔽する舞台装置となる。真に写し出されるのは、建築美という名の虚飾と、維持管理の過酷さを忘れさせる魔術である。
絞り - しぼり
絞りとは、カメラレンズに設けられた光の入り口を調整する装置であると豪語しながら、撮り手の手ブレや天候におののきながら裏切る小悪魔のような機構である。数値が小さくなればなるほど明るさを確保すると自信満々に宣言しつつも、被写界深度という名の魔境を一瞬で変化させる。逆に数値を上げれば隅々までクリアにすると豪語しながらも、暗さを言い訳にISOとシャッタースピードの調整バトルを開演させる。初心者は絞りをいじることで一攫千金のプロ気分を味わい、上級者はその気まぐれな変化に翻弄され続ける。結局、絞りの最適解は現像ソフトかSNSのフィルターに委ねられ、真実は闇の中に葬られる。
織物 - おりもの
織物とは、無数の糸を巧みに組み合わせることで、人類が自らの忍耐と退屈を物理的な模様に昇華させた芸術である。古来より生活を包み隠す役割を担いながら、その実、自己表現と所有欲という矛盾した感情を糸の一本一本に織り込んできた。手を動かせば動かすほど、制作者は創造性と徒労感の狭間をさまようことになる。布の裏側には、いつの時代も同じ無言の努力と虚栄が隠れている。
天体写真 - てんたいしゃしん
天体写真とは、無数の星々をレンズの向こう側に閉じ込めると称するが、実際は長時間露光と三脚との果てしない格闘を美化する趣味である。暗闇に向き合い続けるのはロマンの追求か、それとも光害に怯える夜の修行か。完成形を待つ時間は、期待と機材トラブルという名の苛立ちが交互に訪れる茨の道。結局、撮れた写真はSNSで発表するための飾りと化し、銀河の神秘は#星好きアピールの小道具に過ぎない。
木彫 - きぼり
木彫とは、無垢の木片に人間の欲望を刻み込み、やがて無意味な装飾品を量産する試練である。職人の忍耐は微細な彫り跡となり、完成した瞬間から埃との共存を余儀なくされる。自己表現の名の下に材木を虐殺し、観賞者の視線を釘付けにする未知なる残酷劇。作業過程の苦悶こそが歓喜であり、完成品はただの見せかけに過ぎないという残酷な真実を教えてくれる。
木版画 - もくはんが
木版画とは、硬い木片を彫刻刀で削り、インクをこすりつけた後、紙の肌に無造作に押し付ける贅沢な苦行である。一枚一枚の僅かなズレに、職人の執念と敗北がにじむ。技法の古さは“伝統”という名の言い訳に過ぎず、現代人には過剰な労力を強いるアナログの亡霊とも呼べる。大量生産の影で、木屑とインクにまみれた手から逃れられない芸術家の嘆きが聞こえてくる。
野生動物写真 - やせいどうぶつしゃしん
野生動物写真とは、小鳥やライオンといった未懐柔の被写体を追い回し、SNS上の「いいね!」を餌に自然を商品化する行為である。そこでは動物の自由よりも、カメラの性能と撮影者の自尊心が優先される。撮影者はセルフィー棒を片手に、探究心を名目に動物の迷惑を顧みずレンズを向ける。最後に残るのは、残像のように薄れていく「野生」の本質と、バイラルな写真だけである。