辛辞苑
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政治・社会
移民 - いみん
移民とは、国境という見えない柵を越えて新天地を求める者。歓迎されるのは、しばしば政策討論とビザ手続きという名の障害ばかりだ。他人の経済成長の潤滑油となりつつ、自国の文化摩擦の火種にもなる多面体。異なる言語を引きずりながら、一方で労働力として消費され、もう一方で異物として排斥される存在。理想ではなく、政治の道具として語られる、最も身近な国際関係論の登場人物でもある。
違憲審査 - いけんしんさ
違憲審査とは、国家権力が憲法という名の聖典に目を通し、都合の悪い章を見つけ出しては裁定を下す儀式である。立法府も行政府も、憲法にそむく自らの判断を無効化される恐怖におののきつつ、この手続きを神聖視する。司法の名の下に展開されるこの茶番劇は、正義の番人を気取る一方で、時に政治的均衡の駆け引きツールと化す。裁判所は批判の的となりながら、権力の鏡としての役割を果たし、最後は誰よりも安全な高みから批評を浴びせる。
医薬品価格 - いやくひんかかく
医薬品価格とは、患者の命と製薬会社の利益が一つの数字に集約された、社会の暗黙の契約書である。相場は需要と供給ではなく、特許と交渉力によって決定される。笑顔の処方箋には裏で巨額の札束が潜み、日常の薬箱はいつしか高額金融商品へと変貌する。安価であることは理想だが、現実には規制と価格交渉の迷宮が支配している。
育児休暇 - いくじきゅうか
育児休暇とは、赤子の命綱を守ると称しつつ、実は企業のイメージと労働分散の手段として活用される“寛大”な制度である。休暇を取得した親は、“チームの穴”という無言のタグを背負い、復帰後には“やる気が足りない”という非言語評価が待ち受ける。法律が保証する権利とは裏腹に、現場では“できれば誰も取ってほしくない”という本音のリンチが行われる。育児休暇は子育てのための休暇なのか、それとも企業のアリバイ作りの小道具なのか、その境界は常にあやふやなままである。最終的には、働き方改革のキャッチコピーと親の自己犠牲願望が奇妙に交錯する官製ハイブリッドシステムと言えるだろう。
一事不再理 - いちじふさいり
一事不再理とは、法廷が二度手間するのを嫌がる理由を“正義”と名付けた美談。かつては同じ疑惑で再び裁かれる悲劇から市民を守るために導入されたが、現在では裁判官のファイル山積みへの拒否反応を隠す免罪符としても機能する。いったん有罪か無罪かが決まれば、それ以降は法の“気まぐれ”に翻弄されずに済むはずだが、要するに裁判を一度きりにして楽をしたいだけという説もある。判決の最終性を守ると称しつつ、当事者の納得感は二の次にされがちな司法的カラクリの中枢である。
一般意志 - いっぱんいし
一般意志とは、人々が語るときはいつも統一的かつ崇高であるが、実際にはたいてい誰かの都合のいい名分を指す抽象名詞。多数決と独裁のあいだをふらふら旅しながら、自らの正当性を確保するための万能盾として機能する。政治家や知識人はこれを称賛し、何かを押しつける口実にする。善意の共鳴を装い、自身の利益を見事に隠蔽するカバーストーリーに他ならない。実行段階でもはや意志の主は誰か分からず、結果として当事者全員の責任が霧散するという面白い仕掛けが組み込まれている。
永住権 - えいじゅうけん
永住権とは文字通り「永遠に住める権利」であるが、実際は煩雑な書類と役所の気まぐれな判断の牢獄への通行手形に過ぎない。申請者の愛国心よりも、更新時の証明写真の角度に多大な影響を受けるというパラドックスを抱えている。獲得すれば終の棲家が保証されるかに思われるが、隣人の旅行から戻る度に身元調査の目が光り、プライバシーが削られていく。永住権は、「安全」への欲望が管理と交換される社会実験の象徴である。
衛生 - えいせい
衛生とは、人類が自ら生み出した汚物やばい菌を見えなくし、安心を演出する社会的魔術である。手洗い一つで世界は清潔に保たれるという錯覚を与え、本当の危険を影でひそかに育む。公共の場に設置された消毒液は、実のところ『私たちの無能力を隠すためのガワ』に過ぎない。過度な衛生観念は自己免疫の欠如を招き、免疫力という盾を自ら放棄させる。つまり、衛生とは汚れから私たちを守るふりをして、社会の脆弱性を露呈させるパフォーマンスなのである。
縁故資本主義 - えんこしほんしゅぎ
縁故資本主義とは、能力ではなく地位や血縁を通じて利益を配分する華麗なるスポーツ。公平性という幻影を背景に、権力者のポケットを膨らませ、一般市民の財布を羨望のまなざしで眺めさせる社会のシステム。その華麗な腐敗は、あらゆる競争を茶番に変え、努力する者には乾いた視線を浴びせる。才能の芽は芽吹く前に踏みつぶされ、秘書のコネが最強のビジネススキルとなる魔法の国だ。
縁故主義 - えんこしゅぎ
縁故主義とは、能力や実績ではなく血縁や地位が採用・昇進の最重要条件となる社会慣習である。公平という錦の御旗のもと、一部の人脈が特権階級を世襲する様子は、まさに滑稽というほかない。適材適所という社是は、ただの看板として飾られ、真の選考基準は「誰を知っているか」に集約される。「実力社会」を謳いながら、裏口入学も正式ルートも同じ血筋に優遇される不文律は、誰もが知りつつ誰もが見て見ぬふりをする影のルールだ。こうした制度の前では、いかなる努力や才能も家系図という魔法の短冊にかないはしない。
屋内退避 - おくないたいひ
屋内退避とは、外の危険を避けるために窓の内側に幽閉される市民の最新レクリエーション。政府の「Stay Home」というおまじないが響くなか、ベランダ越しに隣人と見えない会話を交わすのが新たな社交手段となった。実際の安心感は、防災メールの連打に大きく依存し、その合間にNetflixの進捗争奪戦が開幕する。安全を買う代償は、自由をベランダの柵に委ねるという皮肉にほかならない。
温室効果ガス - おんしつこうかガス
温室効果ガスとは、地球の大気にこっそり敷かれた見えない毛布である。人類が涙と汗と工場の煙で作り上げたこのブランケットは、喜んで排出すればするほど地球を熱帯サウナへと変貌させる。専門家にとっては憂慮すべき警鐘、政治家にとっては責任の矛先をそらす絶好の言い訳台詞。気候を安定させたいという願いをただの啓発キャンペーンに留める、現代文明の皮肉な代償と言えるだろう。
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