辛辞苑
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政治・社会
相続税 - そうぞくぜい
相続税とは、亡き人への最後の献金を生者から強制的に回収し、社会的正義の名の下に箱にしまい込む国家的祝祭である。悲しみに暮れる家族を相手に、税務署は遺産評価という名の算術ゲームを楽しみ、節税のための魔法の言葉を囁く専門家たちも出現する。欠片の遺志より、数字とパーセンテージが尊重される風習を生み出し、富める者には庭園を、貧しい者には借金という土産を残す。そして誰もが、最後に財布の中身と向き合う冷酷な鏡を突き付けられる。
相対的貧困 - そうたいてきひんこん
相対的貧困とは、豊かな社会で他人との比較によって不足感を計測する、統計という名の迷宮ゲームである。貧困線という見えない境界線の下に落ちれば、自尊心は一気にマイナスに転じる。実際には最低限の食事や住居を確保できていても、隣人の最新家電や海外旅行の自慢話が敗北感に拍車をかける。政府や研究者は率を報告し続け、世論は同情の声を上げるが、救われるのは数字の上だけである。笑うしかないほど贅沢な悩みを抱える現代のストレス装置だ。
草の根動員 - くさのねどういん
草の根動員とは、市井の市民を熱心に見せかけるための上層部主催の寸劇である。参加者は自発的に集ったかのように演じられ、実際には用意されたシナリオに従うだけ。『民意』の皮を被った演出装置として機能し、選挙や支持率向上の隠れ蓑として酷使される。地域の商店街や公園は、そのステージに過ぎず、役者たちはポスター黎明のもと踊らされる。だが、誰が本当の主役かを問い始めると、草の根の概念はたちまち風前のともしびとなる。
騒音公害 - そうおんこうがい
騒音公害とは、無数のクラクションや工事現場の重機の交響曲が、人々の安眠と理性を犠牲にして社会の片隅で無邪気に演奏される現象である。耳栓や苦情受付窓口は一時的な応急処置に過ぎず、実際には誰もその正体を止められない。苦情を言う者は騒音源としてマークされ、沈黙を求めるほどに声が高くなる皮肉なループが生まれる。身体的安全と精神的尊厳を踏みにじる音のパレードは、都市生活の常識と化している。
贈収賄 - ぞうしゅうわい
贈収賄とは、公的権力と私的利益を包み隠さずに結びつける、民主主義のおまけのような仕組みである。糸目をつけぬ透明性を掲げながら、裏では厚い封筒が公正さを支配している。制裁の軽さと摘発の難しさは、まさにグラビティ・ワークアウトのように歪んだ楽しみを提供する。市民の信頼は、渡された封筒の重みで測られ、法の網はいつも細い目で逃げ道を作る。
損害賠償 - そんがいばいしょう
損害賠償とは、ある者の不手際を他者の財布に転記するための公式儀式である。法律という聖職者が選ぶ金額は、被害者の不快と裁判官の気分という二つの要素で決定される。被告は注意不足を数字に還元する苦行に耐えねばならず、支払われた金額は和解という名の表向きの終止符に過ぎない。真の清算は未来永劫先送りされ、後悔だけが残る。
多国間協定 - たこくかんきょうてい
多国間協定とは、異なる利害と秘密を抱えた国家が、紙に署名するという名のパフォーマンスを演じる舞台である。参加国は理想を掲げつつも、自国の利得を密かに種まきし、収穫はいつも独り占めを志向する。不履行の罰則とやらは、次のサミットでの冷たい視線を浴びるだけの風物詩に過ぎない。条文は山積みだが、実行は砂上の楼閣に等しく、合意はいつも未完の切り絵のようだ。まるで全員が信用を装いながら、互いの背中に短剣を隠し持つ紳士協定である。
多文化主義 - たぶんかしゅぎ
多文化主義とは、異なる文化を並べて展示しながら、実際には隣人の皿をひそかに覗き込む社交行事。国家や企業が“多様性”を掲げるたびに、自らの優位性を誇示する自己陶酔の舞台ともなる。理想的には文化の相互理解を促すというが、現実にはルールの押し付け合いと無味乾燥なチェックリストが横行する。多様性を称賛しながら、排除と囲い込みを巧妙に正当化する見事な二枚舌。最後には、誰もが平等を謳いながらも、自分だけは特権的に例外を主張するのがお約束である。
対テロ - たいテロ
対テロとは、テロという名の不可視の仮想敵を追いかける壮大なスポーツイベント。無限に拡大する監視網や増え続ける予算の中で、本来の目的が見失われることもしばしば。市民の不安を材料に、専門家たちは終わりなき危機を演出し、最終的には「安全」という魔法の呪文を唱える。
対外援助 - たいがいえんじょ
対外援助とは、緊急を要する困窮国に慈悲を示すと称しながら、実際には自国の影響力と市場を拡大するための高尚な資金移転である。名目は人道支援だが、真の受益者は援助を差し出す側であることが多い。援助先国は感謝の言葉を口にしつつ、徐々に財政的自律性を失い、援助の網に絡め取られていく。マスコミは善意の証として報じ、政治家は成果として手柄を主張する。こうして対外援助は世界の講壇で拍手喝采を浴びる、利益保護の儀式となる。
対反乱 - たいはんらん
対反乱とは、反政府的なざわめきを静めるための“平和的解決”と称された一連の儀式のこと。催涙弾やスローガン、そして統計の改ざんという名の魔法を駆使し、秩序という檻をあらたに築く。参加者は“平和を守る”と叫びながら、自らの声が封じられる滑稽な光景を演出する。最終的には誰もが、安全と称された抑圧から目を背け、現実を“大局的視野”に取り込んで正当化する社会的合意の祭典である。
代理戦争 - だいりせんそう
代理戦争とは、自ら血潮を流さず他国の兵士を借りて滲む惨劇を観戦し、自国の道徳的優位を保つ洗練された戦術である。遠隔地の火薬と砲声をテレビの画面越しに楽しむ一方、実戦の泥に靴底を濡らさぬ程の快適さを誇る。国益の名のもとに他者の犠牲を正当化し、市民には「平和のためだ」と嘯くのがお約束。最も評価されるべきは、死角から行われる狡猾な駆け引きと、無垢な犠牲を散らす手際の良さだ。
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