辛辞苑
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#世俗
世俗の聖性 - せぞくのせいせい
世俗の聖性とは、ありふれた日常を神聖視する現代の儀式魔術である。スタバの行列を巡礼と呼び、名もなき宛先にメールを送る行為を大神事と崇める。使い古された手帳のしわやコーヒーのシミさえも、信者たちの崇拝を誘う聖痕となる。宗教とマーケティングの境界線を曖昧にし、あらゆる平凡を聖域化する。日常に荘厳さを与えることで、人々は自らの虚無を覆い隠し続けるのだ。
世俗主義 - せぞくしゅぎ
世俗主義とは、宗教の影響力を公文書から遠ざけ、いざというときに『信仰の自由』という盾の裏に隠れる高等戦術である。国家と宗教はどちらも手を汚さずに国民を支配したいという点で、実は共犯関係にある。宗教儀式への参加を放棄した市民は、代わりに政治的論争に招待されるという新しいレジャーを手に入れる。信仰を捨てたはずなのに、気づけばイデオロギーの祭壇に跪いている自分に気づくだろう。多様性を謳いながら、実際は多数派の『常識』を正当化する最強の合理性を持つ。
世俗霊性 - せぞくれいせい
世俗霊性とは、寺院や教会をスルーしてライフコーチの講演会やインスタのハッシュタグを礼拝堂とする近代の新興宗派である。その信奉者は伝統的教義を呪縛と呼び捨て、代わりに「心の声」を聴くという名のセルフヘルプ儀式に没頭する。形而上学的探求を謳いながら、実際にはヨガマットの上で流行語を反復するだけの自己陶酔に収束する。深い自己理解の追求と称して、他人の価値観を批判し、自らの正しさを無尽蔵に供給する。宗教の構造的束縛から解放されたはずの彼らが、かえって自らのエコーチェンバーに囚われる逆説を体現している。