辛辞苑
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#仏教
菩薩 - ぼさつ
菩薩とは、万人の救済を誓いながら自らは永遠にその救済を先送りにし続ける自己犠牲マイスター。悟りへの道を放棄することで逆説的に自らの徳を誇示し、周囲には無私の英雄として振る舞う。だがその実態は“宿題を誰よりも溜め込むスーパーヒーロー”に他ならない。そして人々は彼らの無限ループに気づかぬまま、今日も感謝の言葉を掛け続ける。
無極 - むきょく
無極とは、果てしない境界を求めながら、自らを閉じ込める終わりなき運命。終わりを探し続ける者こそ、無限の檻に囚われている。すべてを超越すると称しつつ、実は漆黒の虚無を称揚する徒党。あらゆる存在を包含するといいながら、自身には何も宿さない空虚の化身。
輪廻 - りんね
輪廻とは、自ら蒔いた業という種を携え、無限の園を巡り続ける魂の終わりなき遊園地。生と死を行ったり来たりしながら、誰もが自分の過去を批評し、なお次の人生でも同じ轍を踏む。最終的な解脱はおあずけで、視聴者は今日も魂のループショーを眺めるだけ。悲劇と喜劇を一人二役で演じる、宇宙最大のワンマンコメディである。
梵行 - ぼんぎょう
梵行とは、欲望という名の小悪魔を檻の中に閉じ込めるスポーツ。己の本能を打ち負かした先にある高貴な境地は、実際には空腹と睡眠不足という形で教えてくる。聖なる自己抑制と称しつつ、ひたすらに何かを断つ行為。その成果は誰も褒めてはくれないが、失敗した瞬間に深い後悔が待ち受ける。衆人環視の中、静かに自らの意志力を競う、最も地味なトーナメントだ。
涅槃 - ねはん
涅槃とは、永遠に続く苦悩の回廊からようやく抜け出した魂に与えられる“休暇”と伝えられる秘境。実際には終わりのない再来週行きのエレベーターで、扉が開かない乗客が多数いるという都市伝説のようなもの。仏教徒は究極のゴールと呼ぶが、苦しみを終わらせるために新たな苦悩を味わうという逆説を孕む。結局のところ、悟りとは自己満足にも似た高尚な自己陶酔かもしれない。
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