辛辞苑
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#企業
スピンオフ - すぴんおふ
スピンオフとは、企業が自社の抱えた厄介業務を「成長」と称して切り離すパフォーマンス。親会社は株主とメディアの前で拍手を求めながら、リスクの出しどころをそっと手放す。新設会社は自律と独立を喝采されるが、実際には親の資金とブランドのおんぶに抱っこで資金調達マラソンを走らされる小人に過ぎない。経営者が最も得意とするのは、華麗な未来予想図を描きつつ、過去の負債を帳消しに見せかける策略である。
ビジネス - びじねす
ビジネスとは、利益という名の果実を得るために人々の欲望を巧みに裁く交渉術である。社交ダンスのように体裁を整えながら、裏では数字とノルマが静かに裁判を開いている。会議室は裁判所、プレゼン資料は証拠集、承認は最高裁判決だ。成功の神話を語りながら、同時に失敗の責任を神話のように他者に転嫁する。最終的に残るのは、勝者の笑顔か、敗者の債務か、その狭間だ。
ブランディング - ぶらんでぃんぐ
ブランディングとは、企業という名の虚栄心に香りをつけ、消費者の記憶を金に換えるマーケティングの妖術である。美しい言葉とロゴの背後で、商品の欠点は見えなくなり、存在感だけが誇張される。顧客は「共感」や「体験」と称される演劇の中で拍手を送り、その費用は当然ながら自らの財布から捻出される。ブランドイメージは、真実よりも輝きを選ぶ社会の鏡写しとも言える。
ミッションステートメント - みっしょんすてーとめんと
ミッションステートメントとは、社内外に向けて企業の壮大な自己陶酔を宣言するアート作品である。内容は大抵抽象的な言葉が羅列され、実行計画はどこにも見当たらない。掲げれば掲げるほど、社員の興味は遠ざかり、ポスターの色味だけが記憶に残る。会議室の壁を華やかに飾る一方で、誰も本気で読み込まない不思議な魔法を秘めている。標語とスローガンが混ざり合い、最後には経営層の自己満足をひたすら美しく彩るただの装飾品である。
リバースロジスティクス - りばーすろじすてぃくす
リバースロジスティクスとは、返品された不要物が企業の元へと逆流する一連の儀式である。本来は資源を再利用し環境保護を謳う美名の陰で、実はコスト転嫁と責任回避の道具に過ぎない。製品は「返送」「再検品」「再販」の三段階を経て、企業の決算書を華やかに彩るショーケースとなる。顧客満足と称しつつ、実際にはクレーム処理と利益維持のための迷路を提供する。稀に、誰も望まない在庫が倉庫の闇に紛れて行方不明になるのもお約束のエンターテインメントである。
リスクマネジメント - りすくまねじめんと
リスクマネジメントとは、まだ起こっていない問題を事前に探し出し、責任の押し付け先を確保する儀式である。最悪のシナリオを盾に予算を確保しつつ、実際に何も起きなければ存在価値を疑われる。過剰な対策を講じれば無駄遣いと呼ばれ、不足すれば責任追及の餌食になるジレンマを抱えている。組織では安心の象徴と称されるものの、その実態は書類の山と無数の言い訳である。
リスク評価 - りすくひょうか
リスク評価とは、未来の悪夢に備えて計算された数値の羅列に意味を見出そうとする愚かな儀式である。表面上は安心感を与えるが、細部を突かれると途端に空虚な数字の幽霊であることが露呈する。過度に楽観的か悲観的かによって、提案される対策のバリエーションは無限だが、ほとんどは実行されずに眠りにつく。最終的には誰もが責任回避の盾として引用し、評価の結果そのものは忘却の彼方へ消える。
レピュテーションリスク - れぴゅてーしょんりすく
企業の評判を守る大義名分を掲げつつ、実際には責任転嫁用の便利な隠れ蓑として機能する言葉。広報部を振り回すだけ振り回し、株価よりもSNSのいいね数に情熱を注がせる。起こる危機ごとに緊急会議を呼び、被害を小さく見せる時間稼ぎには唯一無二の存在だ。だが、問題が沈静化するとともに、誰にも触れられず忘却の墓に埋もれる。そして何より、宿命的に火消し作業の終わりと共に消える幽霊のような概念である。
ロゴス - ろごす
ロゴスとは、会議室の片隅でひっそりと呟かれる万能の正当化装置である。どんな矛盾も一言で論理化され、当事者は無自覚にその虜となる。説得力とは名ばかりのマジックワードであり、経営層は安心して矛盾に蓋をする。最後に笑うのは最も上手にロゴスを使いこなした者である。
会議 - かいぎ
会議とは、同じ部屋に集まった人々が他人の時間を共有し、決して終わらない議論を楽しむ社交儀式である。主催者は「次のアクションアイテム」を宣言しながら、実際に何かが動くことはまずない。参加者は資料を読み上げ、スライドをめくり、あたかも生産性が高いかのように振る舞う。結果として生まれるのは、充実感ではなく、誰も覚えていない曖昧な記憶である。我々は会議のために働き、会議の中で働かない。
株主 - かぶぬし
株主とは、他人の労力で生み出された利益の分配権を誇らしげに掲げながら、四半期ごとのグラフを崇拝する者である。配当の増減に一喜一憂しつつ、経営リスクには声高に抗議しない、その絶妙な薄情さが魅力だ。会社の所有権を主張しながら、実際には紙の切れ端を操作しているに過ぎない。
間接費 - かんせつひ
間接費とは、だれにも頼んでもいないのに、勝手に企業の予算に忍び込み、利益を吸い取っていく見えざる吸血鬼である。製造原価にも販売管理費にも分類しがたい居候的存在は、文字通りコストの闇隠れ場所。実体のない会議室のインテリアと社長の机の上の観葉植物が、その典型的な代表だと言われる。社内予算を分割し、無邪気に「公平です」と唱えながら、誰も気づかないうちに数字を膨らませる悪魔の手先である。
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