辛辞苑
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#思索
アポリア - あぽりあ
アポリアとは、思考の迷路で出口を探し続ける精神のエンターテイナー。問いを投げかければ返ってくるのは新たな問いだけという、止まらない質疑応答マシンである。その目的は解決ではなく、問題の増幅と享受にある。哲学者が悦びと絶望を同時に味わう双子座的歓喜を提供する。
観想 - かんそう
観想とは、自己の内面に向かう高尚ぶったアリバイであり、時に現実からの逃避装置である。その行為は無限の問いを生み出し、同時に一切の行動を停止させる。深遠さを装いながらも、洗濯物やメールの返信を棚上げにする名人芸だ。結局は、自らが作り出した思考の迷宮から脱出できない、意識の自己陶酔に他ならない。
虚無凝視 - きょむぎょうし
虚無凝視とは、世界の空虚に目を据え、その虚無から逃れようとする愚者の最終手段である。意味や目的を放り投げ、止むことなき無為の海に身を委ねることで、自分のちっぽけさを祝福する一種の哲学的エスケープ。絶え間なく移ろう日常の逃避先として、虚空をぼんやり眺める怠惰こそが、深遠なる自己内省の名に値するとされる。虚無は慰めなのか、それとも最も孤独な暗闇なのか、その問いすらも凝視の対象である。
形而上学 - けいじじょうがく
形而上学とは、観察と検証の及ばない領域を延々と議論しながら、最終的には誰も納得せず机の前で溜息をつく学問である。存在の本質や宇宙の起源を探ると称して、言葉を無限に積み重ね、気づけば元の地点に戻ってくる。その過程で用いられる専門用語は、概念ジャングルへの道しるべか、あるいは迷子札かは人によって異なる。真理を追求するつもりが、いつの間にか自己陶酔の遊戯に染まり、気付けば哲人ではなく語り手だけが増えている。
熟考 - じゅっこう
熟考とは、会議の終わらない夜に永遠の余白を生む魔法の呪文である。難しい顔で眉間にシワを寄せるほど、その場の空気は張りつめ、誰も結論に辿り着けない。結論を先延ばしにするための公式行事として、人は熟考の名のもとに沈黙を賛美する。やがて、思考は目的を忘れ、自己陶酔の迷路へと入り込む。真面目な顔で時間を浪費したい者にのみ、許された至高の娯楽とも言えよう。」},