辛辞苑
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#悟り
悟り - さとり
悟りとは、己の無知を嘆きながらさらに深い迷宮に踏み込む行為である。真理を求める者に与えられる報酬は、疑問の増殖と他人の鼻白む自慢話のみ。心の平穏を得たと思った瞬間、人は新たな煩悩という名の波に呑まれる。説教臭い言葉と自己満足のほくそ笑みがセットになっているのも特徴だ。
三昧究極 - さんまいきゅうきょく
三昧究極とは、瞑想アプリの最終ステージとされる幻の領域。誰も実際に到達したことはなく、到達報告はいつもSNSのいいね数に依存する。雑念撲滅の約束を掲げながら、実際にはスマートフォンの通知に蹂躙されるのが常。心の平穏を謳うくせに、広告ポップアップの煩わしさこそが究極の試練とされる不思議な理念。円環論的に自己言及する概念の迷宮であり、探求者は永遠にスタート地点に戻される。
知覚的悟り - ちかくてきさとり
知覚的悟りとは、ありふれた感覚器官に突然神聖な力が宿ったと錯覚させる、自己陶酔的な精神現象である。この瞬間、世界は意味深い啓示に満ちているように見え、次の瞬間には何一つ覚えていない。真理への到達を期待させながら、実際には深い迷宮に足を踏み入れただけに過ぎない。参加者は自身の内面を覗き込むふりをしながら、周囲の無責任な言説をコピペし続ける。要するに、自らの無知を悟るどころか、むしろ無知を美徳に変換する技術である。
霊的覚醒 - れいてきかくせい
霊的覚醒とは、自らの魂が突然フリーズ解除され、ありがたそうに新たな視点を得たと錯覚する現象。自己啓発セミナーや断食合宿で頻繁に目撃され、本人はSNSで人生が一変したと豪語するが、実際にはポジティブな箔付け装置に過ぎない。悟りを得たつもりで他人に説教を垂れ、安堵する自己内省のハムスター走り。後日、元の慌ただしさに気づかぬフリをして日常へとそっと舞い戻る定点観測者でもある。