辛辞苑
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#育児
妊娠中の親 - にんしんちゅうのおや
妊娠中の親とは、お腹で成長する見えないテナントに毎日翻弄される一時的な交渉人である。彼らは食欲の暴走とホルモンの反乱を優雅に演出しつつ、未来への不安を日々ビュッフェ形式で摂取する。周囲からは大事に扱われるべき存在と称えられる一方、実態は体重増加の生けるメーターでしかない。胎動が歓喜の合図であると同時に、休息なき24時間制ワークアウトの始まりでもある。最もドラマチックな舞台は、まだ生まれる前から始まっている。
保育補助金 - ほいくほじょきん
保育補助金とは、幼子を抱える親に手渡される絵に描いたようなアメ。申請書と証明書を山ほど積み重ねた先に、かすかな救いを垣間見せる。支援という名の紙の迷路を抜ける者だけに、ようやく実態の薄い硬貨が与えられる。役所の微笑みとともに増えるのは手間と待ち時間。政策の華やかさと現実の空しさを同時に映し出す鏡のような制度だ。
放任的子育て - ほうにんてきこそだて
子育てとは、子供の存在を忘れたころにふと思い出す趣味である。放任的子育ては、その心地よい無関心を極めることで、子供に「自立」という美称をプレゼントする究極の愛情表現とされる。親は適切なタイミングで声かけをしないことで、子供の自主性を尊重したかのように装い、自己肯定感を育む…かもしれない。放任は放棄と紙一重だが、気付けば子供の成長も不在通知を出していることだろう。最終的には、親も子も距離感の洗礼を受け、一石二鳥ならぬ“二鳥一石”の狡猾さを体験する。
里親 - さとおや
里親とは、他人の事情と期待を背負う一時的な家族レンタルサービスの経営者。子供の寂しさは愛情と称され、行政の審査は慈善の検問所となる。時に、子供の笑顔は自己満足の証、泣き声は責任転嫁のアリバイである。血のつながりを擬似する演技力が求められ、心の傷は消費期限内に消化される。最終的には、善意の名の下に浮かぶ不安定な愛情の投資案件である。
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